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連載 「新しき医療を求めて」

連載 第八回 「アメリカ留学」

アメリカ留学

翌年9月、私はアメリカのヴァージニア大学へ留学した。大学は、シャーロッツビルという自然が美しくそれほど大きくない町にあった。

言葉や文化、習慣が全く違う異国の地で、一人生活を始めることは予想以上に大変だった。染む場所、車、生活必需品を揃えるだけでもかなりエネルギーを消耗した。

最初に入居した場所はアパートの一階で、部屋が古くて虫だらけのひどい住環境であることが住み始めてからわかった。そこは毎日が虫との闘いで、心が休まる間もなかった。

ある夜、ようやく寝付けたという頃、虫が私の顔に乗ってきた感触で目が覚め、それで私の二ヶ月に及ぶ我慢も限界に達した。

解約金をかなりとられたが、これ以上、恐怖と孤独に苛まれながら夜を過ごすことに耐えられず、何かにせきたてられるようにしてアパートを出た。

私が引っ越して間もなく、前のアパートの中庭で精神異常者が銃を乱射し、何の関係も罪もない2人が亡くなったと知り、直感のままに動いてよかった、と冷や汗をかく思いであった。

留学先の教授は成長ホルモンの権威で、以前の学会でその先生が発表した老化に関する画期的な仮説に感銘を受けていたこともあり、期待に胸をふくらませ、一方で認めてもらえるよう、推薦して下さった日本の先生方やあとに続く後輩のためにも頑張らなければ、というプレッシャーもあった。

全体的テーマは「ホルモンと老化」だが、私の担当するテーマは、「筋肉における成長ホルモンの作用」ということになった。分析、データ至上主義の社会は結果が全てである。

結果を出そうと一生懸命に励み、休日も働くことも多かった。研究以外の時間は家でエクササイズに読書、そして時折、日本人コミュニティの集まりに参加していたが、やはり何よりも私の心を支えてくれたのは、日本にいる母からの手紙や荷物、親友からの電話であった。おかげで、たいしてホームシックにかかることもなく、充実した毎日を送り少しずつ研究データも出始めていた。

また、日本にいた時よりも日本のことを真剣に考え学ぶようにもなり、次第に日本人としての自覚、誇りが芽生えていったことも事実である。

留学して9ヶ月目を迎えた頃から、食欲低下、胃のもたれ、立ちくらみ、動悸等の症状が出現したが、ちょっと疲れているせいだろうと思い、いつもどおりの研究生活を続けていた。

顔じゅうに吹き出物ができ、正常な肌の方が少ないほどだったが、それもいつしか当たり前のようになっていた。ところが、ある時から胃が石を詰めたように全く動かなくなってしまったのである。私は、今までに味わったことのないような不安に陥った。

「いったいどうしたのだろう。痛みはないから胃潰瘍ではないだろう。とすると、もしスキルスだったらどうしよう。こんなところで病気になってしまったら、あとが大変だ。」

スキルスとは胃癌の一種で、癌細胞の増殖によって胃の壁が全体的に厚くなるタイプで、比較的発症年齢が若く、進行が速いのである。

夜中になると余計にその不安が大きくなり、怖くて病院に行くことができなかった。不安が不安を呼び、どんどん悪い方へと考えてしまうのだ。

私はこの時、症状や病気に対する不安を抱える方の心境の一部を切実に体験した。もっと壮絶で大変な思いをされる方は多いと思うが、私にとってこれは非常に得難い体験だったといえる。

医学生の時から、「患者様の身になって」「傾聴」などと教育され、実際の臨床でもそれを実践してきたつもりでいたが、この体験をして初めて、本当の意味で病める人の心理状態が理解できるようになったと思う。

ようやく決心して、ヴァージニア大学病院の消化器内科部長に診てもらうと、ピロリ菌陽性のため、胃潰瘍と診断された。

治療として菌を除去するための抗生物質と胃酸を抑える薬を処方され、今まで薬というものを飲んだことのなかった私は、おそるおそる飲んでみたが、数日後に薬疹が出始め、吐き気がして薬自体を飲めなくなってしまった。

しまいには水を飲むのが精一杯という状態になり、薬は中止。胃の症状に加え、めまい、吐き気、動悸等の自律神経の失調症状も伴い、全身が鉛で置き換わったような重だるさがあった。

頭がぼうっとし、車を運転している時に、一瞬自分が運転中であるという意識がなくなり危うく前の車に追突しそうになったこともあった。

知人にホメオパシーを勧められて試してみたが、効果はなかった。さらに症状は悪化する一方で、目を動かすだけでめまいと吐き気がするようになり、このままアメリカに一人でいては取り返しのつかないことになりそうな予感がし、日本へ一時帰国しようと決心した。

実際、その頃は夜中に無性に悲しくなったり、朝が特に起きづらくなったりするなど、今ふり返って自分で診断すると、うつ状態も生じていたように思う。

飛行機の中から、日本の大地と成田空港が見えたときは思わず涙があふれてしまった。

連載 「新しき医療を求めて」 ~Dr.エミーナの医療革命~

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