連載 「新しき医療を求めて」
連載 最終回 「帰国後の辞職」・「覚悟」
帰国後の辞職
2004年6月帰国。帰国後はやはり、心身ともに疲れ果て、とてもではないが大事な話し合いをする余裕はなかった。
そこでしばらく鋭気を養い、回復してから医局長同席のもとT教授と面会した。私は、まず留学に関しての報告と御礼を述べた。続いて、やはり目指す方向性はかわっていないこと、今後の所属先は決まっていないことを伝えた。
私は、その頃心身のゆとりがなく、できることならしばらく休職させてもらい、落ち着いて方向性を定めたかったが、私に許された選択肢は、辞めるか、研究費を払って研究生になるか、であった。しかも、私が興味を持っている医療分野の探求は許されない。
面談しながら、私の中で張り詰めていた何かがすーっと抜けていくのを感じた。面会を終えると、渡された辞職届けに何の迷いもなく記入し、医局へ提出して帰途についた。その後、医局の先生方にはこれまでの報告と今までお世話になった御礼をしたためた手紙をご挨拶とさせて頂き、激励のお言葉を頂いた時は本当に嬉しかった。
母は、当時はあなたが選んだことだから、といってそれほど何もいわなかったが、実は内心私の決断に対して、これからどうするつもりなのだろう、と非常に心配していたのだという。
覚悟
辞職後、不思議だったのは肩が軽くなったことである。今までの色々なプレッシャー、しがらみから解放され、人生とはこんなに心明るく過ごせるものなのか、と驚いた。おそらく、生まれて初めて味わった感覚だったと思う。
今までは、いつもどこかに所属しそこの一員としての役割を果たすことが普通だったが、いつの間にか心まで固く重くなっていたのかもしれない。また、今の自分があるのは自分が所属していた組織、指導して下さった先生のおかげでもあることを忘れずにいたいと思う。
小さい頃からの、「自分で選べる人生を」という教えは、今回も生きていて、さらに今までとは違った意味で自分で選んでいる感覚があった。そして、自分で選択した以上、それに伴って起こることは全て受け止め、決して逃げないという覚悟をした。
その覚悟をいよいよ私に強くさせた出来事がある。
2005年2月、T教授のもとへ面会に行った。アメリカで書いた論文が雑誌に掲載されたため、学位の申請許可を頂くためである。面会の約束をなかなかもらえず、何か変な予感がしていた。
案の定、であった。足を組んで椅子にかけ、両手を背もたれの後ろで組んだT教授の部屋には重苦しい雰囲気が漂っていた。
「学位はまず私が許可するかしないかから始まるのであり、辞めた人のために裂くエネルギーも時間も私にはない。社会的に活動していない人に学位を授けるのもふさわしくない。」
との言であった。T教授のいう社会的活動とは、どこかの病院に所属していることというのである。他にも色々といわれたが、私はじっと耐えていた。
その後、余のショックに熱を出し、寝込んでしまったほどだが、これも私が選んだことから始まったことであり、辞めたとはいえ、まだ私の中にかつての上司に対する甘えが残っていたことを思い知らされる出来事であった。
そして、いよいよ、肩書きや地位に対する未練をすて、自然医療や食事療法、あるいは各種のセラピーについて学ぶうちに、私のなかで、確固とした目標が生まれた。
それは自然の中に、総合的ケアをする自然医療センターを作る、ということである。その原点には、私が病気になったとき、こういう場所があれば安心して癒すことができるのに、と願った想いがある。以後、方々の土地探しが始まった。
丁度その頃、母が第二の人生を過ごすため、ついの住処を探していた。お互いに別々の方面で探していたが、なかなか条件にあう所が見つからなかった。
ところが、ある日母から泣きながら電話がきた。我が家で17年間かわいがっていた猫が亡くなったというのである。私は、後悔した。このごろ元気がないと聞いていたのだが、顔を見に帰ってあげられなかった。ちょっと時間を作れば帰れたはずなので余計に後悔が強かった。
しばらく私も落ち込んでいたが、ふと、これから年を重ねていく母に対して私は同じような後悔をしたくない、と心底思ったのである。
そこで、私の仕事場と母の家はなるべく近くに作りいつでも私が顔を見にいける状態にすることにした。そう心が動いたことは亡くなった猫から私への大きな贈り物のような気がしてならない。そのおかげで、あれほど定まらなかった土地も、候補地域が見つかりもうすぐ決定する予定である。
最近では、アトピーのお子さんにステロイド剤を徐々にやめてもらい、食事・生活・呼吸を変えることと、自然物から作られた物質を用いてほぼ完治した。
初診時とはうってかわって、子供らしい健康な肌と表情を取り戻し、本人はもちろん家族の方にも明るさが戻った姿を見て、私はこの道を選んでよかったと心から嬉しく思う日々である。